占いの歴史

占いは人の未来や運勢などについて考えるときの判断基準として、どの時代にも愛され活用されてきました。
占いの歴史は古く、人の歴史とともに発達し、世界中のどの地域にも存在してきました。

西洋の星占いは古くギリシャ文明において紀元前200年ほど前に生まれ、東洋では中国やインドにおいて易や占星術が発達し各国の文化に融合してきました。
日本の占いは中国にその源があると考えられ、古事記や日本書紀に「太占(フトマニ)」の記述があります。
「太占」とは鹿などの動物の骨を焼いて、その割れ方で吉凶を占うというもので、邪馬台国の卑弥呼がこの占いを行っている様子が教科書にも載っており、そのころは政治的にも活用されていたようです。
平安時代には陰陽道に基づいた易占や地相を見る陰陽師が生まれ、占術や祭祀なども行うようになりました。

また貴族の間では「算木(ざんぎ))「筮竹(ぜいちく)」などの道具を使った占いが発達しました。
鎌倉時代になると九星、墓相、剣 相、字占、判占、水晶占い、粥占い、年占いなどが発達し、出陣をする日や時刻、陣立てなどに活用していたようです。
江戸時代に於いては易者が誕生し、明治時代には高島暦が編み出されました。

現在では手軽にできる星占いや誕生月占いがテレビや雑誌などで行われ、誰でも楽しめる占いとして普及しています。
ほかには伝統的な水晶による占い、手相、タロットなどがありますが、最近はインターネットを利用したメール占いや電話占いなどさまざまなものがあります。
いずれも人々の生活に根付き、人生を生き々としたものにし、愛されるものになってきています。